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名古屋地方裁判所 昭和38年(ワ)1776号 判決

原告 橋元幸平

右訴訟代理人弁護士 加藤義則

同 福永滋

被告 西川京太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は別紙目録記載第二の建物を収去して、同目録記載第一の土地を原告に明渡せ、被告は原告に昭和三八年九月一五日から右明渡しずみまで一月八、三三四円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決と仮執行の宣言とを求め、次のように述べた。

「別紙目録記載第一の土地はもと渡辺甚吉の所有であった。原告は昭和三七年八月一六日右土地を渡辺甚吉から買受けてその所有権を取得し、同月二八日その旨の登記を受けた。被告はそれ以前から右地上に別紙目録記載第二の建物を所有し、右土地を占有している。そのころ以降の右土地の相当使用料は一月一坪一〇〇円である。

よって、原告は被告に対し右建物を収去して右土地を明渡し、昭和三八年九月一五日から明渡しずみまで一月八、三三四円の割合による損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のように述べた。

「別紙目録記載土地の相当使用料が一月一坪一〇〇円であるとの事実は否認するが、その余の原告主張事実は認める。

しかし、原告の請求は次の理由で失当である。

(一)  渡辺甚吉から原告への右土地売買契約については、後日近隣土地の所有者あるいは居住者からその売買につき異議申入れがされたときは、渡辺において右売買契約を解除しうる旨の特約がされていた。近隣土地を所有しここに居住する被告は渡辺に右売却につき異議をいって来た。渡辺は、昭和四〇年一〇月一四日ごろ原告に到達した書面で右特約に基き右売買契約を解除する旨の意思表示をした。これにより原告はその主張土地についての所有権を失うに至ったものであるから、その請求は失当である。

(二)  被告先代は明治以前から原告主張の土地を渡辺甚吉先代から賃借し、右地上に別紙目録記載第二の建物等を所有し、被告は右賃借権、建物所有権を相続承継した。一方渡辺甚吉はその賃貸人の地位を相続承継していた。渡辺甚吉から右土地を買受けた原告は被告の賃借権を否定しえない。

(三)  昭和三年ごろ、渡辺甚吉の所有する右土地附近一帯の農地を宅地化する目的で昭和土地区画整理組合が設立され、事業計画をたてた。それによると、右土地は道路予定地とされていた。この処理につき、被告は渡辺と昭和一一年九月次のように合意した。

すなわち、被告は代替地の交付を受けそこに移転する、ただし、右土地が計画変更により道路予定地でなくなったときはこれを被告に譲渡する、以上のように約した。ところが、昭和一二年一二月右土地は区画整理地区から除外され、道路予定地でもなくなったので、右約旨により、その所有権は被告に帰属した。さらに、昭和三二年二月には右土地代金を一坪六、〇〇〇円として渡辺から被告に売ることとする合意も成立した。もっとも、これに基く所有権移転登記手続は西川仙太郎にたのんでおいたところ、同人は死亡し、登記未了のままとなっていた。

(四)  原告は、渡辺甚吉が所有していた附近一帯の土地のうち、同人が処分したものの移転登記が終っていない土地をさがし求めては買いとった。その土地は本件のように他人が居住使用していたり、道路や鉄道用地などであり、一般に使用収益しえないようなところである。それを原告はあえて買い受けた上、道路用地についてはその通行禁止あるいは水道管、電線電柱の撤去を求め、鉄道用地については国鉄に鉄道施設の撤去を求めるなど、不当な要求、訴訟をおこしては不当な利益をあげている。それも、原告は各土地がどのように使われているかかねてからよく知っての上でのことなのである。そのように、不正不当な目的を以て本件土地を取得した原告の取得行為は違法であり、あるいは社会的妥当性をかいて、無効であり、そうでなくとも、被告が土地賃借権ないしその所有権取得につき登記なく、あるいは地上建物につき登記をしていないことをとらえて、それら対抗力の欠缺を主張しうべき正当な利益あるものとはいえない。

(五)  また右のような事情のもとにおける原告の本訴請求は権利の乱用である。」

原告訴訟代理人は「原告が渡辺甚吉から被告主張の契約解除の意思表示をうけたことは認めるが、その余の被告抗弁事実は否認する」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

別紙目録記載第一の土地をその所有者渡辺甚吉から原告が昭和三七年八月一六日買受け、同月二八日その所有権取得登記を受けたことは当事者間に争がない。右売買契約については近隣者から異議申入がされたとき売主渡辺においてこれを解除しうる旨の特約がされていたと被告は主張する。≪証拠省略≫には、右売買に際し、売主において、原告に売った土地のうち地上建物所有者と紛争が生じるに至るような場合があったら、その土地を売戻してもらいたいと述べ、買主である原告もそれを承認したとの趣旨の部分がある。右証言からは、そのような場合再売買一方の予約ないし買戻契約がされたのか、原告が渡辺に売戻すようにはからうというだけのことなのか、被告主張のような解除権留保の趣旨なのか、そのいずれとも定めがたいのであり、他に被告の右解除権留保の特約がされた事実を証するにたりる証拠はない。すなわち、右特約が成立したことを前提とする被告の抗弁は採用しがたい。

次に、≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。すなわち、一〇〇余年前被告はその数代前の先代以来、右土地その隣接地のほか地区内農地を賃借し居宅をたてあるいは耕作していた。渡辺甚吉の先代は明治になるかならないかのころ、附近一帯の土地を入手したが、昭和になって附近一帯に土地区画整理が施行されるにあたり、従来小作地の賃借人たちとの間で、その小作地整理につき交渉をした。その結果昭和一一年中に、渡辺と被告との間では従来の被告小作地に代るものとして、本件土地に隣る被告賃借宅地の所有権を被告に与える、本件土地は区画整理計画上道路敷地予定地とされていたので地上建物は道路実現の際被告において移転する、計画変更し右土地が道路とならなくなったときは、これをも被告に譲渡するようにする旨約された。その夜、右整理計画は変更され、本件土地は道路予定地外となったので、前記約旨に従い、昭和三二年ごろ渡辺から被告に坪六、〇〇〇円で売渡すこととする旨の売買契約が成立し、被告は渡辺からこの土地の所有権を取得するに至った(従って、被告が従来右土地につき渡辺に対して有していた賃借権は少くとも右所有権取得に伴い混同により消滅するに至ったわけである)。このように、被告は右土地所有権を取得したのにもかかわらず、その登記手続などを一任していた西川仙太郎が間もなく死亡したため、実現しなかったのであったが、被告はそのまま放置し、原告の所有権取得、その登記を見るに至った。以上の事実が認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

以上認定事実によれば、被告は長らく右土地につき賃借権を有し、さらにその所有権をも取得するに至ったわけであるが、いずれもその対抗要件をそなえていなかったこととなる(賃借権につき被告がその登記ないし地上建物の登記をしていたことは被告の主張しないところである)。

被告は、原告の右土地買受は不当な目的に出るものであるから、その売買契約は無効であり、少くとも被告の対抗要件がないことを主張しうべきものではないと主張する。しかし、渡辺甚吉と原告間の右土地売買契約が公序良俗に反するものであるとか、原告が被告の右土地所有権取得登記を不正の手段で妨害し、あるいは妨害するため右土地を買受け登記をしたなど、許されない手段をもって、右土地を入手したと解すべき事実の証明はない。すなわち、≪証拠省略≫によれば、原告が本件土地とともに渡辺甚吉から買受けた土地は、多くは前記区画整理計画上道路予定地となっていたものであり、その買受后、原告は、名古屋市やガス会社、電力会社などに買受地上地下の水道管、電柱など工作物の撤去を求めたり、鉄条網をはったりして紛争し、訴訟となっているものもあることは認められる。しかし、他方、前記≪証拠省略≫によれば、渡辺が原告に売った土地は、所有権は渡辺にありながら、従って公租公課の負担は受けながら、収益の上らない土地であって、渡辺としてむしろそのような残地を整理する趣旨で売却したもので原告に売ることによって、第三者との間に紛争をおこしたり、迷惑をおよぼしたりすることは、その意とするところではなく、原告がかかる状態をひきおこすであろうことを予測しつつ売ったのでもないこと、とくに被告使用中の本件土地につき原告が被告の買受けていることを知りつつあえてその登記を妨げるためにこれを取得したのではないことが認められるのであり、これらの事実からすれば、未だ前記被告の主張を正当としがたく、また他にこれを正当とすべき事実を証するにたりる資料はない。

しかし、被告がその先祖の代から通算するとすでに一〇〇年以上、本件土地を賃借使用し、地上に建物を所有居住していること、昭和一一年にはその隣地を、同三二年には本件土地をいずれも渡辺から譲受け所有するに至ったものの、本件土地については原告の所有権取得、その登記により原告に対し所有権の主張をしえなくなったことは前認定のとおりである。他方原告が、本件土地を入手した経過は前述のとおりであって、これを自ら直接使用する目的であったわけでなく、買受けに当り被告がこれをあけられるものか否たずねあわせた形跡もない。そして現に本件土地を自ら使用する必要があるとも見えない(原告はその本人尋問において、本件土地の明渡しを受けた後はアパートに住んでいる妻の弟の住む家をたててやりたいと考えている旨述べているが、同時に他にこれをたてうる土地を所有していることも右尋問結果から明かである)。しかも、本件土地を含め渡辺から買った土地は総計六、七〇〇坪その代金は二一〇万円であるのに、被告の買取り希望に対し本件土地合計八三坪余りを三七三万円余でなければ売らないとしてこれに応じなかったことが原告本人尋問の結果により認められる。

これら、原被告の事情をもとに考えると、原告が被告に対する建物収去土地明渡しを求めるのは、自己の利益追求をはかるに急いで被告が累代この地に築いてきた生活を破壊してかえり見ないものというべく、その請求は認容しがたいものというほかない(損害金の請求もその相当額がいくらであるかその立証もなく、認容しがたい)。

以上のとおり、原告の本訴請求はこれを失当として棄却し、訴訟費用は敗訴した原告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 西川正世)

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